燃料電池の非白金化に繋がる新物質を開発
【ポイント】
- 燃料電池自動車の触媒に鉄を使おうとする場合の課題であった“酸性電解質中での安定性”を大幅に向上させた、「十四員環鉄錯体」を新たに開発。
- 同錯体は、酸性電解質中において安定で、かつ酸素還元触媒活性を示す。
- 高価な白金に代わる新触媒として、燃料電池、燃料電池自動車への活用に期待。
【概要説明】
東京工業大学 物質理工学院 材料系の難波江裕太助教、早川晃鏡教授らの研究グループは、熊本大学の大山順也准教授、静岡大学の守谷誠講師、旭化成株式会社と共同で燃料電池(用語1)の非白金(用語2)化に繋がる新物質の開発に成功した。
水素を酸素と化学反応させて電気を生む燃料電池を積んだ燃料電池自動車(用語3)は、発電時に温暖化ガスを排出しない。しかし、現状の市販車では燃料電池の触媒(用語4)に高価で希少な白金が1台で20~30 gほど使われており、普及の妨げとなっていた。代替触媒として、安価な鉄の周囲に配位子(用語5)のフタロシアニンを結合させた環状化合物(用語6)である鉄フタロシアニン(用語7)など各種金属錯体(用語8)も研究されてきたが、酸性電解質(用語9)中という燃料電池の作動環境では実用レベルの安定性は発揮できていなかった。
本研究では鉄原子を周囲で固定化する錯体の配位子として、十六員環(用語10)をとるフタロシアニンよりコンパクトな十四員環をとる配位子の鉄錯体を新たに合成し、放射光分光(用語11)を用いたリアルタイム分析で安定性を評価した。酸性電解質中での安定性が鉄フタロシアニンを大きく上回り、燃料電池の触媒として必要な酸素還元触媒活性と安定性を同時に発揮することが分かった。本研究の成果が将来の燃料電池自動車の非白金化と普及に大きく貢献すると期待される。
本研究は、国立研究開発法人新エネルギー?産業技術総合開発機構(NEDO)の委託研究として実施された。その成果は2021年9月20日に米国化学会誌「JACS-Au」にオンライン掲載され、Supplementary Coverに選出された。
【用語説明】
- 燃料電池:水素と酸素から水ができる化学反応を利用した電池。水に電気をかけることで、水素と酸素を発生させる水の電気分解とは逆の現象を利用して、水素と酸素から電力と水を得る。
- 白金:プラチナとも言われる。高温にも変化せず、王水(濃硝酸と濃塩酸の混合液)以外の酸に溶けないため、酸化?還元の触媒、電極、化学機器などに広く利用される。世界での生産量は年200トンほどと少なく、生産地も南アフリカやロシアに偏っている。
- 燃料電池自動車:燃料電池の電力でモーターを作動させる自動車。燃料となる水素は高圧水素タンクに充填する。発電時にいっさい二酸化炭素などの温暖化ガスを発生しないので、地球温暖化防止の観点から、普及が期待されている。リチウムイオン電池などの電力を用いる電気自動車と比べて、航続距離が長いことも特長。
- 触媒:化学反応の速度を高める物質で、自身は反応の前後で変化しないもの。燃料電池自動車に用いられる燃料電池では、負極(燃料極)で水素を酸化する反応と、正極(空気極)で酸素を還元する反応に触媒が必要となり、現状では空気極の方が多量の白金触媒を必要としている。
- 配位子:金属錯体において、中心にある金属(本研究では鉄イオン)の周囲に結合しているそれ以外の非金属部分。
- 環状化合物:分子を構成する原子が、環状に結合している化合物の総称。環式化合物、環式体などともいう。
- 鉄フタロシアニン:顔料などに用いられるフタロシアニンと呼ばれる環状の化合物の中心に、鉄原子が導入された構造の化合物。
- 金属錯体:金属(本研究の場合は鉄イオン)を中心とし、その周囲に非金属が結合した構造を持つ化合物。
- 電解質:電池においてイオンを導電する役割を担う膜や液体。燃料電池自動車では、水素イオンを伝導するため、強い酸性を示す硫酸が高分子に固定化された陽イオン交換膜が用いられており、触媒などの部材は耐酸性でなければならない。この“酸性電解質中での安定性”が、高価な白金が触媒として用いられてきた大きな理由である。
- 員環:環状化合物において、その「環」を構成する原子の数を指す。環を構成する原子が14個であれば十四員環、16個であれば十六員環などと呼ぶ。
- 放射光分光:シンクロトロンなどの放射光施設で発生する高強度のX線を用いる分光法。レントゲン撮影などに用いられるX線源を用いた実験と比較して、極めて高速での分析ができるので、リアルタイム分析に適している。
【論文情報】
掲載誌:JACS-Au
論文タイトル:High Durability of a Fourteen-Membered Hexaaza Macrocyclic Fe Complex for Acidic Oxygen Reduction Reaction Revealed by In Situ XAS Analysis
著者:Ohyama, Junya; Moriya, Makoto; Takahama, Ryo; Kamoi, Kazuki; Kawashima, Shin; Kojima, Ryoichi; Hayakawa, Teruaki; Nabae, Yuta
DOI:10.1021/jacsau.1c00309
【詳細】
プレスリリース(PDF577KB)
熊本大学大学院先端科学研究部(工学系)
担当:大山順也(准教授)
電話:096-342-3670
e-mail:ohyama※kumamoto-u.ac.jp
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