うつ病患者のリゾリン脂質代謝異常を発見~新たな治療薬とオメガ3系脂肪酸を含む栄養療法への期待~
【ポイント】
- リゾフォスファチジン酸(LPA)は、脳において神経発達、炎症、神経?血管新生など多様な機能を有する生理活性リン脂質であり、ドコサヘキサエン酸(DHA)を含め、さまざまな脂肪酸を結合している。
- ドコサヘキサエン酸(DHA)は青魚に多く含まれるオメガ3系脂肪酸であり、認知?情動などの高次脳機能を増強および安定化する。
- うつ病患者および統合失調症患者の脳脊髄液中で、LPAの一種「LPA-ドコサヘキサエン酸(LPA-DHA)」が、特異的に低下し、いくつかのうつ病症状と相関していることを見出した。
- LPA-DHAの合成やLPA受容体を標的とした治療薬や、オメガ3系脂肪酸であるDHAを含む栄養療法などの新しい治療法の開発が期待できる。
【説明】
これまで、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳の神経伝達物質(モノアミン神経系)を標的としたうつ病治療薬の開発が進められてきました。しかし、難治例が40%近く存在するなど、全ての症例に有効な治療薬ではなく、うつ病の病態についても不明な点が多いことから、新しい分子標的による病態の理解や創薬が求められています。
熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学講座の竹林実教授、国立病院機構呉医療センター臨床研究部の大盛航医師(現:広島大学)らの研究グループは、東京大学薬学部、国立精神?神経医療研究センター疾病研究第三部と共同で、うつ病患者のリゾリン脂質代謝異常について研究を行いました。
通常、リン脂質は2本の脂肪酸を持ちますが、生体内には脂肪酸を1本しか持たないリン脂質が存在し、リゾリン脂質と呼ばれています。リゾリン脂質にはその構造の違いから様々な種類があります。そのうち、リゾフォスファチジン酸(LPA)は、脳において神経発達、炎症、神経?血管新生など多様な機能を有するリゾリン脂質です。さらに、脂肪酸の種類や結合部位の違いにより、LPAにも多数の分子種が存在し、異なる機能を持つことが推測されています。
一方、青魚に多く含まれているオメガ3系脂肪酸ドコサヘキサエン酸(DHA)は脳に多く含まれる必須脂肪酸であり、認知や情動などの高次脳機能を増強および安定化することが知られていました。また、脳には、DHAを含むLPAが多く存在していることも知られていました。
これまで、本研究グループは、抗うつ薬が直接作用する新しい標的分子としてLPA1受容体を見出し、うつ病患者の脳脊髄液中のLPAを合成する酵素の働きが低下していることを見出していました(Itagaki et al., 2019, Kajitani et al., 2016)。しかし、LPAは多様な分子種が存在するため、具体的にどの分子種のLPAが低下しているかは不明でした。
本研究では、液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS/MS)を用いて、うつ病および統合失調症患者の脳脊髄液中に存在する多種類のLPA分子種を解析しました。
その結果、うつ病および統合失調症患者において、分子構造中にドコサヘキサエン酸(DHA)を有するLPA 22:6(LPA-DHA)のみが特異的かつ有意に、健常者と比較して低下していることを見出しました。さらに、その低下は、統合失調症の重症度(症状スケールスコア)とは相関しませんでしたが、いくつかのうつ病の重症度とは有意に相関したことから、LPA-DHA低下がうつ病の病態により強く関与していることが示唆されました。
本研究成果は、今後さらに症例数を増やして確認する必要がありますが、LPA-DHA合成やLPA受容体を標的とした新しいうつ病治療薬の開発につながることが期待されます。また、オメガ3系脂肪酸であるDHAは精神疾患での低下が多く報告されていることから、薬だけに頼らない栄養療法として、LPA-DHA経路による新しい治療法の開発も期待されます。
本研究成果は令和3年7月2日に科学雑誌「International Journal of Neuropsychopharmacology」に掲載されました。本研究は文部科学省科学研究費助成事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の障害者対策総合研究開発事業「脳脊髄液サンプルを用いたうつ病バイオマーカーの開発」、「精神疾患レジストリの構築?統合により新たな診断?治療法を開発するための研究」、脳科学研究戦略推進プログラム「栄養?生活習慣?炎症に着目したうつ病の発症要因解明と個別化医療技術開発」、革新的先端研究開発支援事業(インキュベートタイプ)LEAP「リゾリン脂質メディエーター研究の医療応用」の支援を受けて実施したものです。
?【論文情報】
論文名:Reduced cerebrospinal fluid levels of lysophosphatidic acid docosahexaenoic acid in patients with major depressive disorder and schizophrenia
著者:Wataru Omori,?Kuniyuki Kano,?Kotaro Hattori?,?Naoto Kajitani?,?Mami Okada-Tsuchioka,?Shuken Boku,?Hiroshi Kunugi?,?Junken Aoki,? Minoru Takebayashi
掲載誌:International Journal of Neuropsychopharmacology
doi:10.1093/ijnp/pyab044
URL:https://doi.org/10.1093/ijnp/pyab044
?【詳細】 プレスリリース(PDF278KB)
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熊本大学大学院生命科学研究部
神経精神医学講座
教授 竹林 実
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E-mail:mtakebayashi※kumamoto-u.ac.jp
(※を@に置き換えてください)